見つめ合うこと 愛と美

男性が主体で女性が対象
男性が四角で女性が丸
中心点 ~ 四角 ~ 丸がエネルギーの流れ
点を中心として主体・対象に作用することが運動の法則
命の息
創世記2章
2:7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。 2:8主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。 ・・・・
2:18また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。 2:19そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。 2:20それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。 2:21そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。 2:22主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。 2:23そのとき、人は言った。
「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。
男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。
2:24それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。 2:25人とその妻とは、ふたりとも裸であったが
、恥ずかしいとは思わなかった。
始めに男性が創造され、女性がのあばら骨から創造されます。男性が主体、女性が対象になります。
主体の目的は対象にあります。男性の目的は女性なのです。
2:23そのとき、人は言った。
「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。
男性が主体の位置なので右になり、女性が対象の位置なので左になります。これが正しい位置関係になります。
この位置関係から男性が女性を見たときは左向き、これは息を吐いた時の「腰時計回りから来る向き」です。息を吐くとは力の投入です。主体である神様と同じ方向を向いているともいえます。
中心から来る、エネルギーを投入しているという姿が男性の左向きになります。心情の流れで言えば、主体的な情の流であります。この主体的な情の流れを愛といいます。
対象の位置にいる女性は左側になります。その位置から男性を見つめると右向きになります。これは息を吸った時の顔の向きになります。吸うという事はエネルギーをいただくという意味です。女性は男性から情的な主体的なエネルギーを受けている姿が右向きなのです。
女性が主体の位置(右)に向き、顔を左向きにすると、創造の位置関係からするとエネルギーは流れない位置関係です。あくまでも主体は男性なのです。座る時も女性は左の位置になります。それが作法でもあります。
情的な主体からくるエネルギーを受けている状態が女性の右向きの姿です。愛を受けている姿です。
愛を受けるので女性は美しくなります。受けて返す情の流れを美といいます。愛の作用として女性は美を主体に返すために美を追求するのかもしれません。
愛と美の情のながれを誘発する位置関係が男性と女性が見つめ合う姿なのかもしれません。
その位置から女性が左向きになった時が、子供にエネルギーを投入している姿なのです。父親の愛は母親を通してながれるのでしょう。
中心からくる心情のエネルギーの流はこの位置関係からくるのです。
見つめ合うことは大切ですね。
2018/3/8 雨