右手と共に

右手の役割を広範囲にわたりお伝えしたいと思っています。

段階を踏んで発展して力をだすのです。

右の手

左手の対象的な動きは内部の動きを表し


横膈膜と心臓と仙骨内面の動きを誘導し、


左足の主体的な動きは背面を中心として外周の動きとなります。


左半身の内側の動きと外側のうごきの事です。


足と手の動きに頭の動きがプラスされて左半身の動きが頭の動きにて


右側に移行した時には呼気の時です。


この統括する頭の動き それは目線と言ってもいいのですが、

これがぶれてしまうと、動きは決まりません。


頭の動きと仙骨の動きは連動して動くために

頭の動き、目線 もっと本質的は意識は切り離せないのです。


仙骨の動きは対象的な動きと密接な関係があり、

回転の方向性が同じとなります。


始めが仙骨 意識 目線が終わり の関係です。


右側に移行した時は右手は丹田と関係を結び

そして右足は対象的な動きとなります。


そして右側は腎経絡と連結することになるのです。


手足の動きを統括する頭部の動きは求め合う動きとなり、

回転して回るために安定した平衡と調和をもたらします。


それを物理では角運動量保存側といます。


ミクロからマクロまで同じ運動様相を呈していることは一なるお方が

造られた法則なのだと考えられます。


水分子の動きも主体的な動的な動きと対象的な静的な動きがあることが

同一の個体のなかで展開しています。


自ら存在するためにはこのような作用する仕組みにて個体を維持しているのです。


呼吸も吸気があり呼気があり、陽性と陰性があり陽的な動的な動きと陰的な静的動きも

あり、その根本はみえる形がと見えない形、つまり性相と形状の関係から成り立っています。


それでは痛みと何でしょうか。一なるお方の法則から外れたことに対する警告として

それは存在しています。


心の問題としてそれは良心の呵責といえるでしょう。

カラダの問題としては痛みとして現れます。


目線において右下は最も吐けるし、

左上は最も吸えます。


お試しください。体感されたらその法則が厳然とあることが理解できます。


それは何のことでしょうか。一なるお方が存在するという事実です。

生命の問題を扱う医療が本質的な問題と向きあうときがきたのです。



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