宇宙運動の起源
完全に投入したのちには完全に戻ってくる。
右手は投入する手、 それで授け手
左手は 受け手
右手にて力を出すとき頭蓋骨 及び骨盤の動きは連動しています。
力を出すときは呼気です。
吸気の時はこの頭蓋骨と骨盤の動きは全く違う動きだといわれていますが、
その本質は同じです。
吸気の時も呼気と使う筋は鏡を見る時と同じに逆さまになりますが、その動きの
イメージは全く同じにする必要があります。
何故なら吸気もそれは投入だからです。
その為に力を出した形のイメージです。
吸気の原型も呼気の頭蓋骨 と骨盤の動きと全く同じです。
しかし、その動きは息の作用により動きそのものが変化してしまいます。
呼気は右手左足▢ 吸気は左手右足▢
このように反転していますが。同じです。
動きのイメージを何度反復しても呼気の動きの動きでないと吸気も決まらない。
これは何を意味しているのだろうか。
東洋では太極から陰陽が生まれたといわれていますが、生まれる前の太極の動きも又あるのですが、その本質が同じ🔲の形から生まれいるのです。
上手く説明できないのですが、🔲のイメージで吸気も行うとそれは変化して〇の形になってしまうのです。
新しい〇が生まれたのです。
🔲の中に〇がうまれたのです。これは相対的な関係性が生まれたことをさしています。
太極の中に相対関係が生まれてことにより実体世界の陰陽という二極の世界が展開されています。
お互いに求め合い投入する。
その位置と方向は違うのですが目的はお互いに投入する愛の関係性です。
吸気のイメージで吸気の動きを成しても決まらない。
人は神の子として創造されたので、その創造主の思想のままに動いている動きの法則が組み込まれているとしか考えられません。
創造以前のお一人の神様
何故、人を宇宙を創造する必要があったのでしょうか。
お一人だったので相対的な概念はなかったはずなのにです。
動きの法則の原点もここに起因しているのだと感じています。
完全なる投入の形はすべての動きの原点です。
