右手と共に

右手の役割を広範囲にわたりお伝えしたいと思っています。

神様の右手と私の右手

右の手

聖書の中には右手が良く出てきます。

それは救いの手であり、救済の手です。


イザヤ書41章10節

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
 たじろぐな。わたしがあなたの神だから。
わたしはあなたを強め、あなたを助ける
 わたしの義の右の手で、あなたを守る。


神様の宇宙創造の目的は真の愛の創造です。

実体世界に現れた愛は消えない。


この真なる愛の創造のために全ての被造物が相対的関係にて創造されています。

そして人は神の似姿に創造されています。


命の意味を理解しない施術はありえないのではないでしょうか。


呼吸をとうして私達は生きています。聖書にも命の息を鼻に吹き込んだと そして

人は生きたものとなったと記されています。


命の息とは何でしょうか。


呼吸を中心とした動きの構造を研究するにあたり、息により中心点 

縦軸をつくりそれを下からと上からのベクトルが相反する動きの作用により

胸中に合力としての力が創出されることに気づきました。


お一人の神様が生み出すことができないのが愛です。

愛が一人では成せない概念だからです。


それで実体世界を創造されたのですが、それは人との関係性において実体化する

ということを考えた時に人を動かす力 力の創出が神様との関係性から生み出されると

したら、その力は神様と人との合力による力となると信じています。


何故、呼吸なのか? それは唯一 無意識と顕在意識との接点だからです。それで

吐く息 吸う息にどの筋が関係性を持つっているのか?


そのことを研究してきました。


一番理解しがたいのが横膈膜の構造でした。筋の中で一番左右非対称だからです。

何故、この形なのか?


神様の構想の意図は何であるのか? 構想の奥には目的と思想があります。

愛の世界を創造されているとすれば人の動きにもその思想が構想が目的が組み込まれて

いるハズなのです。


人がお母さんの胎にいるときに臍の尾と連結されていすが、その臍の尾の中に

腸が270度右回旋を起こし捻じれています。あと90度は何処にあるのでしょう。


心臓の捻転にあるのです。


腸間膜根と横膈膜 は見事に連結しています。


この意味するところは何なのでしょうか?

それは命の息と連結するために必要な構造となるためなのです。


神様の息と同化するときが力の創出であり、その力は右の手に流れ出します。

神様の息 つまり命の息を吸収する動きもあります。


命の息と同化する動きが右手のありその土台が膈の構造となりっているのです。


私達の動き、それは力を出す事ですが、その力の創出を神様の命の息と同化する

仕組みの中で行えばそれは素敵な作業であるし、施術において神様の右手の代身となる

と・・・・・


神様の代身としての私の右手 素敵な生涯の目標です。


この力の創出には内的な心の構造と體的な力学的構造があります。

今までは力学的な構造の研究が多かったのですが、


心がより主体ですから心の有り方 が重要だという結論に至っています。

それでも力学的構造がわからないといけないのですが、


心の有り方を境地といいます。武道家の方はこの境地を目指しているのでしょう。

この力学的な構造を解説しているのが「動きの中にある息の法則」というタイトルの

解説書デス。


しかし、もう一度、仙骨の構造に手を加える必要を感じています。


今注目しているのは力の創出です。左手を土台とした右手の動かし方です。

この動かし方を臨床で再現すると全て収まります。


それは本然の力の創出を再度 命の息を中心として辿っていくからです。


痛み 違和感 病 歪み 


歪みは力の創出において命の息を中心においていないために起こります。

これは臨床で観察した結果としての結論です。

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